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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2014号 判決

控訴人 塚越三郎

右訴訟代理人弁護士 梅澤秀次

同 荒井素佐夫

被控訴人 株式会社 フタバ化学

右代表者代表取締役 志水徹男

右訴訟代理人弁護士 石川則

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、請求を減縮して「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一〇七九万七〇〇〇円及び内金八七九万七〇〇〇円に対する昭和五四年七月二一日以降、内金二〇〇万円に対する昭和五五年四月二二日以降各完済まで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、右請求の減縮に同意した。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に付加し改めるほかは、原判決事実摘示のとおり(略称についても原判決事実摘示のとおり)であるから、これを引用する。

一  原判決二枚目中表六行目から七行目にかけての「強制競売の申立」の次に「(昭和五四年法律第四号による改正前の民事訴訟法による。以下強制競売手続について同じ。)」を、表九行目の「競売開始決定」の次に「(昭和五四年法律第四号による廃止前の競売法による。以下任意競売手続について同じ。)」をそれぞれ加え、同六枚目裏三行目の「九月」を「一〇月」に改め、同八枚目表三行目の「また原告の」から七行目までを、「また、本件は、控訴人が被控訴人に対する委託販売契約上の代金債務の支払を怠ったことによって生じ、かつ、控訴人が第二事件の競売手続を中止させるための法的手続を怠ったことに起因していることは既に主張したとおりであるから、控訴人の慰藉料の請求もまた、失当である。」に改める。

二  控訴代理人は、次のとおり陳述した。

1  被控訴人の故意、過失について、次のとおり主張を付加する。

(一)  被控訴人は、石けん、洗剤等の製造販売を業とする株式会社であり、昭和五二年八月二九日訴外小日向啓治との間において、石けん、洗剤等について与信範囲一〇〇〇万円の販売委託契約を締結した。被控訴人は、右新規取引をするに際し、控訴人を連帯保証人としたが、それに先立って与信調査を行っており、被控訴人の営業課長が控訴人宅を訪問して控訴人の職業、収入、資産状態等を種々聴取したり、また、右訴外人において、同年八月二四日、第一事件の物件の固定資産評価額証明書の交付を受け、そのころ同物件の登記簿謄本等の交付も受け、これらを被控訴人に提出した上、同物件だけでも四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円の価値があり、優に与信取引範囲額一〇〇〇万円を超える担保力があることを説明しており、被控訴人は、その新規取引時点において、同物件のみにより十分に債権回収が可能であることを承知していたものである。

(二)  被控訴人は、全国各地に一〇〇店舗以上の販売委託先を有し、当時から埼玉県、東京都にもその取引先があり、社員が月一回は各取引先を回っていたので、それら販売委託先に対する問合せ又は出張社員による調査によっても、右物件の時価その他控訴人の信用力等を知ることは容易であった。現に競売申立ての一年前に、被控訴人の営業課長が控訴人宅等を訪問するなどして与信調査を行っているのであるから、第一事件の競売申立てのみにより債権を回収して余りあることは当然認識していたはずであり、また、容易に認識し得たところである。

(三)  被控訴人の委任により第一事件の競売申立てをした訴外黒野博は、経営コンサルタントをしており、しかも、以前から被控訴人の依頼を受けていくつかの競売事件を手掛けて競売物件の調査、評価や競売手続全般に精通していた者であり、競売申立てに先立ち、昭和五三年八月七日第一事件の物件の登記簿謄本の、同月一八日同物件の公租公課証明書の各直接交付を受け、第二事件の物件についても同様の書類の交付を受け、前記訴外小日向啓治との販売委託取引開始時の根抵当権者訴外協会のほかには債権者がいないことを確認し、かつ、現地を下見し、被控訴人と検討打合せの上、同年九月六日裁判所に出頭して競売申立をしたものである。

右訴外黒野は、まず浦和地方裁判所に出頭して第一事件の競売申立てをしたのであるが、不動産登記簿謄本によって先行競売事件が進行中であることを知りながら、同訴外人は先行事件について訴外協会の現存債権額、最低入札(競売)価額決定の有無等について裁判所に問合せをしていない。後順位債権者としては、競売事件によって自己の債権の満足を得ることができるかどうかが最大の関心事であることはいうまでもなく、競売手続関与の経験豊富な同訴外人が右問合せをしていないことは、被控訴人において右問合せをするまでもなく、第一事件によって自己の債権の満足が得られることを十分承知していた証左である。

(四)  被控訴人が前記訴外小日向啓治との販売委託取引開始に当たり交付を受けた昭和五二年八月二四日付け固定資産評価額証明書及び競売申立てのために交付を受けた昭和五三年八月一八日付け公租公課証明書には、第一事件の競売対象物件である山林の固定資産税課税標準額は四万九円、固定資産税は免税点以下とされている。したがって、同山林にどの程度の価値があるのか、それによって知ることはできない。もっとも、同山林の登記簿謄本によると、訴外協会が極度額二五〇〇万円の根抵当権の設定登記をしていることから、少なくとも四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円の価額を有するであろうことは判断し得る。被控訴人は、右新規取引に際し調査しているので、同山林がその程度の価額を有することを知っていたことは間違いなく、また、競売申立てに先立ち右登記簿謄本の交付を受け、それによって、訴外協会が任意競売の先行申立てをしており、競売手続が既に進行中であること、他に債権者がいないことも判明していた。したがって、第一事件を申し立てれば、先行の浦和地方裁判所昭和五二年(ケ)第三五四号任意競売事件への記録添付によって容易に早い進行がみられ、第二事件の申立ては自己の債権の弁済を受けるために全く必要はなく、違法な超過競売の申立てであることは明白であり、被控訴人は、その申立時において、第一事件のみにより右根抵当債権及び被控訴人の債権が弁済されて、なお多額の余剰があることを確知していたものである。それにもかかわらず、あえて第二事件の申立てをしたのは、自己の債権の満足を得る目的を超えて権利を濫用し、控訴人に対するどう喝あるいは嫌がらせの意図であったと断ぜざるを得ない。

(五)  現に第一事件の物件は三八〇一万円で競落され、その競落代金により右根抵当債権及び被控訴人の債権が弁済されてなお多額の余剰があり、控訴人に返還された剰余金は実に九七三万四九二円であった。結果的にみても、第一事件の申立てのみによって所期の目的を達することは容易に知り得たところであり、第二事件の申立てが不当であったことは明らかである。

前記販売委託取引の与信調査の際あるいは競売申立て時の調査の際、第一事件の物件の評価について、多少の誤差を生じたとしても、右剰余金額に相当する一〇〇〇万円以上も低く評価したとは考えられない。

(六)  第一事件の先行事件である任意競売手続は、昭和五二年一二月五日不動産競売手続開始決定がなされ、昭和五三年一二月二六日鑑定書が裁判所に提出されたが、競売対象物件は三二八九万九〇〇〇円と評価されており、そして最低入札価額金三二九〇万円とされた不動産競売期日通知書が昭和五四年一月一一日被控訴人あてに発送されてそのころ到達した。

右通知書によると、本件土地の最低入札価額は三二九〇万円であり、また、その通知先として利害関係人全員が連記されていて、債権者は訴外協会及び被控訴人のみで、他に配当要求債権者の無いことが容易に窺知され、訴外協会の優先債権額が二五〇〇万円を超えないことは被控訴人において確認していたところであるから、被控訴人において、右不動産競売期日通知書の受領によって、第二事件の申立てが過剰競売となり、自己の債権の満足を得るために全く必要のない手続であることを確知するに至ったことは明白である。

しかして、第一事件につき、昭和五四年二月一三日競落許可決定があったので、同日をもって第二事件が過剰競売となることが確定したが、当時第二事件は進行中であり、控訴人の生活の本拠が競落される可能性があるのにかかわらず、被控訴人は、あえて第二事件の申立てを取り下げることなく放置した。

以上被控訴人は、第二事件の申立てが過剰競売の申立であることを承知しながら故意に違法な申立てをしたものであり、そうでないとしても、容易に過剰競売となることを知り得たのにかかわらず漫然と申立てをした過失がある。更に競売手続進行中、第二事件が違法な過剰競売であることを確知しながら、申立ての取下げあるいは競売中止の申出をすることなく、これを放置した故意、過失がある。

また、被控訴人の右不作為は権利の濫用であり、被控訴人は、これによって控訴人に生じた損害について賠償の責めを負うべきである。

2  原判決事実摘示中、控訴人の主張七(損害)を次のとおり改める。

(一)  五六五万七〇〇〇円(借地権の消滅)

第二事件の競売のため、控訴人は九九・一八平方メートルの借地権を喪失し、その価額は一〇三一万円である。第二事件について受領した売得残金四六五万三〇〇〇円をこれから差し引いた五六五万七〇〇〇円が右借地権喪失による損害となる。

(二)  三一四万円(借地権の価値減少)

第二事件の競売前に控訴人が借地していた土地一六五・三〇平方メートルの借地権価額は一七六九万円であったが、競売によって九九・一八平方メートルの借地権(価額一〇三一万円)を喪失した結果、公道に面しなくなり、この残存借地六六・一二平方メートルの借地権価額は四二四万円となった。右残存借地の減少価額は、全体の借地権価額一七六九万円から右喪失借地権価額一〇三一万円及び残存借地のみの借地権価額四二四万円を差し引いた三一四万円である。

(三)  二〇〇万円(慰藉料)

以上合計一〇七九万七〇〇〇円及び右(一)、(二)の合計八七九万七〇〇〇円に対する昭和五四年七月二一日から、右(三)の二〇〇万円に対する昭和五五年四月二二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被控訴代理人は、次のとおり主張を付加する旨陳述した。

1  第一事件の競売目的物件は、固定資産評価額証明書による価額が極めて低く、かつ、市街地調整区域内にある上、多額の低当権が設定されており、また、第二事件の競売目的物件は、借地上の建物であり、建築後相当の年数を経過し、老朽化していたので、債権の完全な満足を得るため、両物件について併せて競売の申立てをしたものである。

2  昭和五三年九月初めに両事件の競売申立てをしてから、翌昭和五四年二月の本件土地の競落に至るまでの間、控訴人からは何の連絡もなく、支払の意思も全く示されなかった。

3  競落期日の終わりに至るまでは、他の一般債権者による配当要求も可能であったところ、第一事件の代金交付期日、第二事件の配当期日は、昭和五四年九月一一日付けをもって被控訴人に通知されて来た。

4  以上の事情の下においては、被控訴人には、第二事件が過剰競売になるとは夢にも考えられなかったものである。

四  証拠の提出、援用、認否《省略》

理由

一  被控訴人が、控訴人に対し連帯保証金二五〇万四五九五円の支払を命じた執行力ある確定判決を債務名義(以下「本件債務名義」という。)として、昭和五三年九月六日浦和地方裁判所に、本件土地に対する強制競売の申立てをし、右申立てにより同裁判所昭和五三年(ヌ)第七七号事件(第一事件)として係属したが、本件土地については、既に訴外協会の申立てにより、同裁判所昭和五二年(ネ)第三五四号任意競売申立事件(以下「先行事件」という。)が係属し、競売手続開始決定がなされていたため、第一事件に係る強制競売の申立ては、昭和五三年九月七日先行事件の記録に添付されることとなった事実、被控訴人が、本件債務名義により、同月六日浦和地方裁判所川越支部に、本件建物に対する強制競売の申立てをし、同裁判所川越支部昭和五三年(ヌ)第五三号事件(第二事件)として係属した事実はいずれも当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によると、先行事件における鑑定の結果、本件土地の価額は三二八九万九〇〇〇円と評価されて昭和五三年一二月二六日その旨の鑑定書が提出され、昭和五四年一月一一日付けをもって、最低入札価額を三二九〇万円、競売期日(入札期日)を同年二月六日午前一〇時とする旨の記載がある「不動産競売期日通知書」が、控訴人、被控訴人及び訴外協会の代理人島村利博に対して郵送されたこと、右入札期日を経て、本件土地につき、同月一三日浦和地方裁判所において、競落人を訴外株式会社埼光物産、競落代金額を三八〇一万円と定めて競落許可決定がなされ、同決定は確定の上、同裁判所により、代金交付期日を昭和五四年一〇月一六日午後二時と定められ、同年九月一一日付けをもって、控訴人、被控訴人及び訴外協会に通知されたこと、先行事件については、競売申立人である訴外協会が本件土地の上に設定を受け、その登記を経由していた根抵当権の極度額は二五〇〇万円であり、記録添付により配当要求債権者となった被控訴人のほかに、前記競落期日の終わりに至るまでに配当の要求をした債権者はなかったことの各事実が認められ、右代金交付期日において、被控訴人が、本件債務名義に係る債権につきすべて満足を得、控訴人が剰余金として九七三万四九二円の交付を受けた事実は当事者間に争いがない。

被控訴人が、本件債務名義に基づいて、昭和五三年九月六日(第一事件の申立ての日と同日)浦和地方裁判所川越支部に、本件建物に対する強制競売の申立てをし、右申立てにより、同裁判所川越支部昭和五三年(ヌ)第五三号強制執行申立事件(第二事件)が係属したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、第二事件について、昭和五三年九月七日競売手続開始決定がなされ、昭和五四年一月二三日、同年三月二二日と競売期日を重ねた上、同年七月一七日午前一〇時、最低競売価額を四六五万三〇〇〇円と定めて実施された競売期日において、右最低競売価額をもって競買申出をした訴外三芳美乃子が最高競買人となり、同月二〇日同訴外人を競落人として競落許可決定がされたこと、競落人から支払われた競落代金のうち、執行費用として一一万九三九五円が被控訴人に交付され、残額四五三万三六〇五円が控訴人に交付された(四五三万三六〇五円が控訴人に交付された事実は当事者間に争いがない)ことが認められる。

二  以上の当事者間に争いのない事実及び証拠によって認定した事実に基づいて、控訴人の請求の当否について判断する。

1  控訴人は、まず、第二事件の申立ての時点において、被控訴人の控訴人に対する債権は、第一事件の申立てが記録に添付された先行事件の執行手続によって満足を得られることを知り、又は容易にこれを知り得たのに、控訴人に対する嫌がらせないしはどう喝の目的で故意に、そうでないとしても過失によって、過剰競売となる第二事件の申立てをした旨主張する。

よって検討するに、本件に現れた全証拠を検討しても、被控訴人が、嫌がらせないしは控訴人をどう喝する目的をもって、故意に第二事件の申立てをしたものと認めるに足りる証拠はない。

先行事件において、訴外株式会社埼光物産が三八〇一万円で競落し、右競落代金の交付により、訴外協会及び被控訴人のいずれもが、申出に係る債権全額について満足を得、他に配当を要求する債権者がなかったため、剰余金として、控訴人に九七三万四九二円が交付されたこと、第二事件については、執行債権者である被控訴人が第一事件において執行債権全額について満足を得たため、その債権は不存在とされ、他に配当を要求する債権者もなかったことの各事実からすると、被控訴人の執行債権の満足を得るためには、第一事件の申立てをもって足り、第二事件の申立ては不必要であったものということができる。

しかしながら、強制執行の申立てをするに当たり、執行債権者において、執行目的財産の選択、範囲を決定するについては、執行債権者の有する通常の知識、経験あるいは容易に入手し得る資料に基づいて、確実、迅速に執行債権の満足が得られるよう決すれば足り、特に鑑定等、客観的な評価の資料を収集した上でするまでの義務はなく、また、競売の結果現実に売却される価額と一般的な市場価格との間に若干の差異が生ずる場合のあり得ること、具体的な状況に応じ、他の債権者からの配当の要求があり得ることを考慮に入れることも当然許されるべきものといわなければならない。

先行事件の執行手続において、本件土地の鑑定書が提出されたのは、被控訴人が、第一、第二事件の申立てをしてから三箇月余り経過した後であって、第一、第二事件の申立てに際し、被控訴人が、先行事件の記録中の右鑑定書によって本件土地の価格を知ることは不可能であり、その他、第一、第二事件の申立て当時、被控訴人において、本件土地につき、客観的な評価価額を知り得るような資料を有し、あるいは容易にこれを得ることが可能であったものと認めるに足りる証拠は、本件に現れた全証拠を検討してもこれを見いだすことができず、かえって、被控訴人の本店の所在地は本件土地から遠く隔たっており、被控訴人は本件土地の状況に精通し難い事情にあったものと推認される。

《証拠省略》によると、被控訴人は、経営コンサルタントとして被控訴会社の経営等に関し継続して助言、指導の任に当たっていた訴外黒野博に、本件第一、第二事件の申立て手続等、控訴人に対する執行手続を一任していたところ、同訴外人は、本件第一、第二事件の申立てに先立ち、本件土地の登記簿謄本、公租公課の証明書等の交付を受けて、本件土地は、固定資産税の課税上は、昭和五三年八月当時において、地目、現況とも山林で、四万九円と評価されており、本件土地には、訴外協会を権利者とし、極度額を二五〇〇万円、債務者を訴外関東電装株式会社とする根抵当権設定登記が経由され、現に、右根抵当権に基づき任意競売手続(先行事件)が進行していることを知ったため、これらの情況から、本件土地に対する執行手続のみによっては、本件債務名義上の債権の満足を得るのに十分でないと判断して、第二事件の申立てに及んだものであることが認められる。

以上を総合して判断すると、被控訴人(代理人黒野博)において、第一事件の申立てのみをもってしては不十分と判断した上、第二事件の申立てに及んだことをもって、申立ての時において、執行債権者にとって明らかに不必要な、あるいは不法な申立てをしたものということはできない。

《証拠省略》によると、訴外小日向啓治、被控訴人間の販売委託契約締結の交渉の過程において、被控訴人の担当者に対し、控訴人の資産状態の説明として、本件土地の時価につき、訴外小日向啓治は三八〇〇万円程度と説明し、控訴人は五〇〇〇万円程度と説明した事実が認められるが、右説明は、客観的な資料を添えた上でなされたものではなく、与信契約の締結を容易にするための当事者の説明にすぎないものであって、右の事実によって、前記判断を左右するに足りるものとは到底考えられない。

2  次に控訴人は、被控訴人は昭和五四年一月一一日ころ、先行事件について競売裁判所から、被通知先(利害関係人)全員の名を連記した不動産競売期日通知書の送付を受けた結果、最低入札価額が三二九〇万円であり、被控訴人及び訴外協会のほかには配当を要求する債権者のないことを知ったのであるから、右の時点において、第二事件が過剰競売となることを確知したものであり、更に、昭和五四年二月一三日競落許可決定がなされたことにより、第二事件が過剰競売となることが確定するに至ったので、その後においては、被控訴人は第二事件の申立てを取り下げるべき義務を負うに至った旨主張する。

《証拠省略》によると、昭和五四年一月一一日ころ、先行事件について、競売裁判所から被通知人を「島村利博、塚越三郎、株式会社フタバ化学」、最低入札価額を「三二九〇万円」と記載した「不動産競売期日通知書」が被控訴人に対して郵送され、被控訴人がこれを受領した事実が認められ、同年二月一三日同裁判所によって、競落人株式会社埼光物産、競落代金額三八〇一万円とする競落許可決定がなされた事実は既に認定したとおりである。

配当要求は、競落期日の終わりに至るまでにすることを要するのであるから、前記競落許可決定のあった日以後においては、新たに配当要求のなされる可能性はないものということができ、右競落許可決定によって、その後の手続が滞りなく推移するのであれば、被控訴人は第一事件において執行債権の満足を得ることができ、第二事件が過剰競売となる結果を生ずることは控訴人主張のとおりである。

しかしながら、執行債権者としては、競落人が競落許可決定に従って競落代金を支払わない限り執行債権について満足を得られないのであり、競落代金の支払がないため再競売(入札)期日が指定されるに至ったときは、更に配当要求債権者の出現する余地も残されているのであるから、少なくとも代金の支払が完了するまでは、執行債権者において第二事件の申立てを取り下げるべき義務を負うものということはできない。

このように解するとしても、執行債務者である控訴人としては、先行事件における代金支払が完了するまで、第二事件が競落に至ることを防止するため、第一事件の経過を第二事件の執行裁判所に示して、競売期日の変更等につき、同裁判所の職権発動を促すなどの手段を講ずることが考えられる(昭和五四年法律第四号による改正前の民事訴訟法六七五条一項の趣意による。)ところ、右のような手段を講ずることは、適法に執行の申立てがなされている以上、執行債務者において適切な措置を執ることができない特段の事情のある場合は格別、第一次的には執行債務者においてなすべきであり(本件においては、《証拠省略》によると、控訴人は、競売手続の進行について逐一これを了知していながら、第二事件が競落に至ることはないものと安易に考えて放置していたものであることが認められ、右のような特段の事情があったものとは到底認められない。)、被控訴人に第二事件の執行手続を中止するための手段を講ずべき義務があるものということはできない。

3  控訴人は、被控訴人が、第二事件の申立てを取り下げず、あるいは第二事件の手続を中止させなかったことが、不法行為に当たらないとしても権利の濫用である旨主張するが、その主張及び本件に現れた全証拠を検討しても、被控訴人が、第二事件の申立てを取り下げず、あるいはその手続を中止させるための手段を講じなかった不作為をもって、権利の濫用と認めるに足りる事情は見当たらない。

三  以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当というほかなく、これを棄却した原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条に従ってこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 川上正俊 渡邉等)

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